産婦人科医の感動と達成感

 産科医にとって元気な赤ちゃんを取り上げたときの喜びは格別なものがある。母子ともに経過が良好で、家族を含めて最良の笑顔に包まれる。心からの安堵と幸福なひとときが交差する瞬間だ。富山県立中央病院の副院長で医療安全部長、母子医療センター部長でもある中野隆医師は「その時に味わう達成感が、産婦人科医になって良かったと思える瞬間であり、一番のやりがいです」と振り返る。

 専門は悪性腫瘍。過去には悪性腫瘍を克服して妊娠、出産した患者を担当したこともある。「一段と感慨深いものです。治療段階から患者さんとかかわり、病気を克服されて妊娠、出産する時にも医師として立ち会える。こんな嬉しいことはありません」

 臨床をしながらサブスペシャリティをもつ重要性を恩師である故舘野政也先生から教わり、その積み重ねが長い間一線に立つ支えになっている。

 しかしつらい体験もある。医師になって8年目32歳のころ、姉にがんが見つかる。進行した子宮頸がんだった。当時まだ経験が浅かった中野医師は恩師に手術を依頼するが、日程が海外出張と重なり恩師のすすめで自ら執刀することに。子宮周囲を含め大きく摘出する難しい手術。手術は何とか完遂したが、その後、姉のがんは再発。無情にも勤務する富山県立中央病院で息を引きとった。中野医師は「姉を看取ってやれたのがせめてもの救い。執刀医としてまだまだ腕を磨かないといけない。姉の死を教訓に、医師としてさらに精進することを誓った」と心情を打ち明ける。

 産婦人科医療は今や大きく変わりつつある。デバイスや内視鏡などの進歩で手術は出血が少なく、低侵襲。ロボット手術も近い将来、導入されつつある。しかし中野医師は、若い人たちに「患者さんの思いをしっかり汲み上げる医療」の大切さを説く。富山県立中央病院は平成16年に「赤ちゃんにやさしい病院」(Baby Friendly Hospital)の認定を受け、以来、無理な陣痛促進や帝王切開などはできるだけ避け、待つ分娩を優先する。

 「BFHの基本は、赤ちゃんにハンディキャップを与えないこと。栄養面でもなるべく母乳育児を推進しています。母乳育児は、赤ちゃんの意識の中にある“内なる自然”のベースになるといわれていて、少なくともネグレクト(育児放棄)は減るというデータもあります」

 富山県の母乳育児は全国平均の51%より高い70%。子どもの健全な成長にも深くかかわっていることから、中野医師は「地域の医療機関とも連携し、母乳育児をもっと広げていきたい」と期待を膨らませている。

チームの先頭に立ち、何をするか

 産婦人科医になって35年。父親が産婦人科の開業医だったこともあり、土田主任医長にとって子どものころから産婦人科医は身近だった。医学生時代に、金沢赤十字病院で研修を積んだ際、遠藤幸三先生の手術を間近に見て感動し、産婦人科医を志す。しかし手術の本を執筆するなど高い技術と知名度がある先生の指導は厳しく、手術中に鈎の持ち方が悪いとはさみで手を叩かれたり、カルテの書き方が悪いと患者の前で叱られたりなど徹底的にしごかれた。それでも歯を食いしばり、ひたすら手術を見て技を盗んだことが今の支えになっている。

 「いずれ実家に帰って後を継ぐつもりでしたが、日赤病院で15年間も勤務したことで臨床が俄然、面白くなった。いつのころからか、親から開業医は大変だ、継がんでいいと、逆に勤務医として一人前になることを薦められた」

 医師として大切なことが一つ。それは医療を行っているとガイドラインやマニュアル通りにならないことが必ず起こる、その時いかに自分で考え主体的に行動できるかという事だと。それが、現場で生命にかかわる症例を数多く経験してきた土田医長の原点。背景に若かりし頃の苦い体験がある。「子宮脱の手術をした患者さんが術後2日目に肺血栓塞栓症で亡くなられた。発症後の心電図で後日診断がついたが、良性疾患で手術したのになぜ死んだと家族から無言の怒りを感じた。手術がうまくなったと有頂天になっていたころだった。でも現場では落ち込んでいる暇はない。チームは助言してくれるが、結局は自分が先頭に立ち、今何をなすべきかを考え、主体的に行動しないといけなかった。そのことを教えられた」

 土田医長の指導を受けるのが7年目の茅橋佳代医師。金沢出身で、札幌と金沢の大学病院を経て、福井県立病院を研修場所に選んだ。「大学病院はハイリスク症例が多いが、正常分娩は逆に少ない。福井県立病院は両方を診られる。夜間保育の環境がしっかり整っていて、安心して当直ができるのも子どもがいる私には有難かった」。学生時代に新たな生の誕生を目にして産婦人科医をめざす。今年、専門医に挑戦し「手術が好きなので、サブスペシャリティとして婦人科腫瘍をやっていきたい」と考えている。土田医長は、医師として自信をつけるには「自分で得意とする分野を持つことも重要」と言う。

 茅橋医師は「手術は土田先生に手とり足とり教わっている」一方、急な出産や夜間の救急搬送に備える。

 福井県立病院産婦人科には、ここ10年で大学に所属せず直接後期研修医として入局した医師が6人いる。土田医長は「ここで勉強し、経験を積み重ね、産婦人科専門医となり地域医療に貢献してくれるのは望外の喜び」と語る。